2025年、人は「買い物」をしなくなる(望月智之)

電車の中吊り広告で気になって購入したこちらの本。デザインも好き!

小売業は今後、「わざわざ行く価値がある」という店舗だけが生き残る時代になるのである。(P34)
そうした意味では、地方にも可能性が秘められている。これだけ物流の発達した時代でも、地方の港町に行けば、「この魚が生で食べられるのはここだけ」ということがある。その地方にしかない食材やイベントがあれば、物欲よりも”体験欲”が旺盛な消費者が、わざわざ足を運ぶことも増えていくかもしれない。たとえば、自分でつかまえた魚を料理して食べたり、伝統職人が手づくりでつくったものを何カ月も待って買ったりするといったことは一層増える。(P35)

私の地元も伝統産業が盛んな場所なので、この流れが実現すれば、長い停滞期を脱せるのではと思った。

共感できるストーリーがあれば、自然にモノは売れていく。これは以前からもあった傾向だが、たとえ品質がほかの製品より劣っていても、今はより「ストーリーのある商品」が選ばれやすい時代なのだ。(P159)

確かに、私がこの間購入したローランドのお財布とメモ帳も、彼のYouTubeでそのポリシーを聞かなければ買わなかっただろう。物の背景にある考え方などのストーリーに人の心は揺り動かされる。ならば、ストーリーがあるのにそれを出さないのはあまりにも不器用な気がする。

冷蔵庫・洗濯機・玄関・風呂・ベッド・カーテン・テーブルなど、家の中のものがすべて人間とつながり、生活の中には、執事のように常に「バーチャルコンシェルジュ」が帯同するのだ。たとえば、風呂に入る時間になれば勝手に湯船にお湯をためてくれる。眠くなったら照明の明るさを落としてくれる。朝、目覚めの時間に合わせてカーテンを開けてくれる。おなかがすいたら料理が自動的に届く。週末のデートに合わせてふさわしい洋服が届く。起きてから寝るまで、そして寝ている間も、その人に最適なサービスが提供され続けることになるだろう。(P178)

こんな時代が来るのだろうか・・・楽しみなような、何だか寂しいような。
大きな変化を自分の目で見られるよう、長生きしたいなと思う。

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